釧路湿原自然再生協議会運営事務局 宛
2005年1月17日
社団法人北海道自然保護協会  会長   佐藤  謙
釧路湿原自然再生全体構想(案)に関する意見
.自然環境保全と農業・治水との関係について

 〈該当箇所〉11頁、第2章.自然再生の基本的な考え方と原則、(2)自然再生を実施する上での原則、F地域の産業や治水・利水と自然環境の効果的両立を目指す
 〈意見内容〉標記のF項、「地域の産業や治水・利水と自然環境の効果的な両立を目指す(地域産業・治水との効果的両立)」を、「地域産業や治水と自然環境保全の関係については、過去の事例から教訓を引き出して、釧路湿原を保全する立場から両者のよりよい関係を目指す」と変更することを提案します。
 〈理由〉標記のF項は、自然再生法条文の「自然再生は、国土の保全など公益との調整に留意して実施しなければならない」を受けた考えに基づいていると考えられます。しかし、この考えは、今までの自然環境保全に関する法令において掲げられ、公共事業による自然破壊の歯止めを骨抜きにしてきた歴史を持っています。釧路湿原保全を目的とした流域における自然再生は、自然環境保全を基本にしているので、どこまでも保全の立場を明確にすべきであり、それをあいまいにするF項は、留意点ではあっても、けっして自然再生の原則に入れるべきではないと考えます。
 2頁の「作成にあたっての考え方、(2)作成にあたって留意したこと、H農地との線引きをするルールを明確化すべきである」には、「農地と湿原、農地化と湿原化は排反的なものなので、過去の農業事業との政策的な整合性を心配する声が多く聴かれました」と記述されていますように、過去の事例から問題点を洗い出し、教訓を活かすことが必要です。また、3〜5頁の第1章に述べられていますように、湿原環境悪化の根本原因は、治水と農業にあることが明白です。
 一つの流域において、湿原部分では地下水位を上昇させることを検討して、その上流域では農地維持のために水位を下げることを企画している状況は、政策的にも科学的にも一貫しない明らかな誤りです。具体的に農地維持と環境保全が相反することが明らかとなった場合には、該当農民とよく協議して新たな土地提供を考えることや、現在の治水システムを大規模ではない新たな方式に検討しなおすなど、地域の産業や治水・利水の長期的にみた将来像でも現状の農業・治水システムの変換を視野にいれることを可能にする内容にすべきと思います。
.対象範囲について
 〈該当箇所〉13頁、第3章.自然再生の対象となる区域、(2)対象範囲
 〈意見内容〉「釧路川水系の集水域」を、「釧路川水系と阿寒川水系の集水域」と変更し、注)の「ただし、阿寒川水系に関しても・・・、つながりを配慮しながら考えます。」の一文を削除することを提案します。
 〈理由〉9頁に示された、第2章.自然再生の基本的な考え方と原則、(2)自然再生を実施する上での原則、@生態系のつながりがある流域全体を対象に考える(流域視点の原則)に基づきますと、対象範囲が、釧路湿原につながりのある二つの水系のうち、一つの水系を欠いて設定されていることは、まことに奇妙に思われます。それは、第2章で第一に挙げられた原則が、第3章で突然、早々に破られていると判断されるからです。
.子孫に残すべき、元来のすばらしい自然環境を取り戻すこと
 〈該当箇所〉14頁、第4章.自然再生の目標、(1)目指す姿
 〈意見内容〉最初の「この自然再生が目指すのは、」に続く箱書きの文章において、「そして私たちの暮らしに豊かな恵みをもたらす「水と緑の大地」を取り戻す」を、「そして後継世代が享受することができる、元来のすばらしい自然環境を取り戻す」と変更することを提案します。
 〈理由〉原文の中で、「豊かな恵みをもたらす」という意味が非常にあいまいです。今まで、多くの開発行為が「豊かさ」をキャッチフレーズとして進められ、自然破壊に結果してきました。従って、釧路湿原の価値をそのような「豊かさ」に求めることは誤っています。元来のすばらしい自然環境について、私たちの世代は、それを破壊することなく、後の世代に引き継ぐことが求められていると思います。

.自然再生の目標において、産業や土地利用の維持を前提としないこと
 〈該当箇所〉15頁、第4章.自然再生の目標、(2)流域全体としての目標、1.湿原生態系の質的量的な回復、3項
 〈意見内容〉「現在の土地利用や産業との関係から以前の状態に戻すことが困難な場合にも、それらと両立させながら生態系の質を可能な範囲で改善・向上させていく」を、「現在の土地利用や産業を維持することによって釧路湿原につながる流域の再生が困難になると判断された場合には、関係者と十分協議して湿原保全を基本に方策を検討する」と変更することを提案します。
 〈理由〉繰り返しになりますが、農地利用などの現状維持を基本とすると、自然再生と農業との両立が困難と判断された場合には、自然再生ができなくなります。現在農地を利用されている方々の生活権や人権を保護しつつ、同時に、自然再生をめざす方策が図られなくてはならないと考えるからです。

.釧路湿原と地域社会の関係
 〈該当箇所〉15頁、第4章.自然再生の目標、(2)流域全体としての目標、3.湿原と持続的に関わる社会づくり、1項
 〈意見内容〉「自然再生の取り組みによって、暮らしの安全性や快適性を損なわずむしろ高めていくことをめざす」を、「自然再生の取組みによって、すばらしい自然環境を有する誇りをもつ地域社会づくりをめざす」と修正することを提案します。
 〈理由〉「暮らしの安全性や快適性を損なわずにむしろ高めていく地域づくりをめざす」との原文は、自然再生の取組みと「暮らしの安全性や快適性」との関係がよく理解できないため、非常にあいまいな文章です。地域社会は、すばらしい釧路湿原の環境をもつことを誇りとし、また、それを文化とすることが精神的に豊かな地域社会づくりに貢献すると考えます。

.第5章全体の構成と内容について
 〈該当箇所〉17〜35頁、第5章.目標達成のための施策と評価方法
 〈意見内容〉第5章の構成は、(1)現況と課題、(2)本施策の達成すべき目標、(3)手法、(4)成果の評価基準となっていますが、そのうち、原文の(1)現況と課題から「課題」を取って(1)現状把握にし、(3)手法に「課題」を加えて(3)課題と手法とすることを提案します。
 〈理由〉課題や目標を設定する過程は、現状把握(調査)→解析→目標設定→制限要因の設定→仮説の検証(順応的管理)→保全計画→モニタリングとなると考えます。その点で、第5章の構成は、(1)現況と課題の記述内容がほとんど現況だけに限られ、まったく不十分です。現況だけが書かれていることは、すでに現状把握と課題設定が終了し、総ての面で具体的な再生事業が始まる段階に達したかのように受け取られます。また、施策を具体化して目標を実現するためには、「手法」の中に課題を追加し、その中で環境悪化の原因とそれを克服する方策を記述しなければ、第三者はどのように再生するのか理解できないと考えます。手法は、第三者が分かりやすいようにできるだけ具体的に記述すべきであり、具体的課題を盛り込めないものについては、調査にとどめるべきと考えます。
 9頁に、第2章.自然再生の基本的な考え方と原則、(2)自然再生を実施する上での原則として、@に「・・・流域全体で現状把握を行い・・・」との記述があり、Bはタイトルに「科学的な知見を集積し、現状を把握する(現状の科学的な把握)」との記述があります。その上で、C長期的な視野で具体的な目標を設定する(明確な目標設定)と書かれています。従って、目標設定や評価のためには、何よりも先に「現状把握」を行い、それに基づく一連の過程が続くのが科学的な態度だと考えます。以上に関する具体的な内容については、以下の7〜9において改めて指摘します。

.湿原生態系と希少野生動植物生息環境の保全
 〈該当箇所〉20頁、第5章.目標達成のための施策と評価方法、1 湿原生態系と希少野生動植物生息環境の保全・再生、(3)手法
 〈意見内容〉@を「湿原の環境悪化や面積減少の要因として、流域の農地造成や河川改修がどのように影響したのかをできるだけ定量的に把握し、その把握に基づき他の課題と連携しつつ湿原の環境悪化や面積減少がこれ以上生じない方策を検討し、具体化する」と修正する。AとBそれぞれの第1項として、「希少な野生生物とその生息環境については、希少生物の生息環境特性や減少要因など現状を詳細に把握する」を追加する。Aの原文にある第1項を、「絶滅の危険性を減らすためには、野生生物の現状把握に基づいて、それぞれの保全策を構築する」と修正し、原文の第2項は削除する。Bの原文第1項を第2項として、「水質悪化の原因および水量変動要因など現状を把握し、それらの結果に基づいて水質や水量を保つための保全策を構築する」に修正する。Cの第1項を、「地下水位変動の要因を明らかにして、要因を取り除く方策を検討し、地下水位の復元、冠水頻度の復元をめざす」に修正する。Cの第2項と第3項は順送りとする。Dの第1項を、「外来生物の侵入について常に現状を把握し、その結果に基づいて外来生物の除去など適正な方策を検討する」に修正する。
 〈理由〉すでに6で述べたように、原文には、解析および制限要因(環境を悪化させた要因)に関する記述が欠けています。それが欠けたままの手法は、具体性がなくなるので、その点を追加する必要があります。

.河川環境の保全
 〈該当箇所〉23頁、第5章.目標達成のための施策と評価方法、2 河川環境の保全・再生、(3)手法
 〈意見内容〉@の第1項として、「湿原の上流域において直線化などの改修をした河川が湿原環境に及ぼしている地下水位低下などの影響を定量化し、現状以上に影響させない方策を検討する」を新たに加え、原文の第1項と第2項はそれぞれ第3項と第2項にする。Aの第1項を削除し、その代わりに「農地など利用地区の下流域では、人手を入れないようにして、河川本来のダイナミズムが発揮されるようにする」と変更する。Cの第1項を削除し、「ダムなどの河川構造物で遡河性魚類の障害となるものは、可能な限り撤去して、魚類が自由に遡ることができる環境に戻す」と修正する。
 〈理由〉@に一文を加えた理由は、地下水位低下などのそれぞれの原因に迫らなければ、根本的な解決に至らないからです。Aでは、蛇行した河川形状を復元することは、直線化と同様に、自然に対して大きな人為的負荷を与えることになり、9頁に示された「第2章.自然再生の基本的な考え方と原則、(2)自然再生を実施する上での原則、A残された自然の保全を優先し、できるだけ自然の復元力にゆだねて、自律的な自然の回復をめざす」に反することになります。自然再生において、力ずくの方法は、上記の原則と異なり、再蛇行化といえども本末転倒の結果を招く危険性が高く、避けなければならないと考えます。Cについては、洪水など人の生活に与える悪影響を防ぐ目的の河川構造物を除いて、元の自然な河川状態に戻すことを目指すべきと考えます。

.水と物質の収支と循環
 〈該当箇所〉29頁、第5章.目標達成のための施策と評価方法、4 水資源・物質循環の再生、(3)手法
 〈意見内容〉@の第3項を、「水収支、水の移動にともなう有機物、窒素やリンなどの物質収支と循環を把握した上で、これらの物質収支における発生源別負荷発生量を把握する」と修正する。Bの第1項を、「発生源別負荷量の把握に基づいて負荷の削減をはかる」と修正し、同第3項を、「森林化以外の対策として土砂流入の軽減策について検討する」と修正する。なお、この第3項に関連して、31頁にある「第5章、5湿原・河川・湖沼への土砂流入の抑制、(3)手法、B」においても、上記と同様の文章に修正する。
 〈理由〉@については物質収支と循環、さらに発生源別負荷量を把握しなければ、有効な対策を講ずることができないと考えます。Bの第1項については原文では「家畜ふん尿対策や下水道整備など」とかなり特定しているが、発生源別の調査結果に基づいて対策を講じるべきです。同第3項には、唐突に、土砂調整池が書かれていますが、それは全体的に見て、水と物資の収支と循環に関して認知された方法と考えることができません。調整池は、たとえ、ある程度の機能を果たしたとしても寿命があり、また調整池が汚濁源となる可能性もあります。調整池については、慎重に検討すべきと考えます。

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