20051226

環境省北海道地方環境事務所 御中

 

      大雪山国立公園登山道管理水準(案)に関する意見

 

                          (社)北海道自然保護協会

                               会長 佐藤 謙

 

1.大雪山国立公園登山道管理水準(案)の目的について

 標記の管理水準(案)の目的について、「登山道管理水準は、ルート別に整備する施設の内容や重視する事項など、管理を行っていくうえで基本となる水準(ランク区分)を設定することにより、登山道管理者が整備・維持管理に役立てようとするもの」(意見募集のお知らせ2頁)、また「一元的な管理でなく、自然条件、利用状況等を勘案し、登山道の区間ごとの地域特性に応じた複数の管理のやり方(管理水準)を定めるもの」(案文3頁)とされております。

 自然条件、利用状況等を勘案して一元的でない登山道対策を講じることには賛成できます。しかし、この管理水準設定は、上記目的に「ルート別に」あるいは「区間ごとの」と示されたように、ルート・区間の内部が同質であるとアプリオリ(先験的)に決められており、次項以降に述べるように、大雪山の自然特性から見ると「まことに恣意的な区分」であり、「ルート・区間ごとの一元的な登山道整備に結びつく」ため、非常に大きな問題であると考えます。

 

2.管理水準の設定方法について

 標記は、3つの「保護・利用体験ランク」と3つの「保全対策ランク」の組み合わせによって9つの登山道管理水準が設定されております(案文6頁)。これらのランクは、保護・利用体験ランクでは、利用状況の多寡によってそれが少ない場合を「原始的」と呼び、保全対策ランクでは、登山道侵食が著しい場合に脆弱性大と呼んでおり、いずれも利用状況と利用の結果によるものと判断され、大雪山登山道のルートや区間それぞれにおいて小区間ごとに確認される大雪山の自然特性がまったく反映されておらず、決して「自然条件を勘案」(案文3頁)してはおりません。

 ランクづけには、一つには、植生の生態的区分が必ず必要と考えます。例えば、各ルート・各区間には、森林限界に至る高木林内の登山道、ハイマツ低木林・ウラジロナナカマド低木林・ウコンウツギ低木林・チシマザサ群落などいわゆる低木林内の登山道、そして明らかに森林限界を超えた領域(いわゆる高山帯)の登山道が含まれ、高山帯では、風衝砂礫地を含む風衝地、雪田、湿原などにそれぞれ成立する各種の植物群落内に登山道が認められます。

 登山道の侵食状況は、このような自然植生の違いにかなり対応して異なっています。とくに亜高山帯から高山帯にかけて諸処に成立する湿原植生と雪田植生内では、登山道侵食がかなり著しく、それらの登山道の維持管理は、登山道整備だけではなく大小のルート変更など、登山道に関する根本的な対策が必要と考えます。案文6頁には、「生態的な立場から緊急を要するような箇所がある登山道区間においては、その区間の水準にかかわらず、速やかにその軽減・防止の対策を行います」と書かれていますが、とくに登山道侵食が著しい湿原と雪田の植生については、水準設定とは別の対処療法ではなく、水準設定の最初の段階でランクづけることを根本とすべきです。このように、ランクづけにおいて、植生の生態的な区分が勘案されなければなりませんが、案文ではこの観点がまったく欠如しており、問題が大きいと考えます。

 もう一つは、ランクづけに希少群落や希少植物の観点が必要と考えます。大雪山国立公園では、ほぼ高山帯一帯が国立公園の特別保護地区に該当し、その一部が国の特別天然記念物に指定されており、我が国で最も広大に発達する大雪山の高山植生は、全体として極めて希少です。そうした中で、とくに赤岳・小泉岳・緑岳・白雲岳・高根ヶ原・忠別岳・五色ヶ原に至る間は、極めて希少な固有種や隔離分布種が集中して豊富に認められます。十勝連峰においては富良野岳とオプタテシケ山、東部大雪山ではニペソツ山や石狩岳、層雲峡を挟んだ山域ではニセイカウシュペ山と平山に、それぞれ希少種が比較的多く認められます。これらの希少種とそれを含む群落は、前述の植生の生態的区分とほぼ対応して、風衝地、湿原など、いずれかの群落に集中する傾向が認められますので、ここでも、登山道の整備を先に考えるのではなく大小のルート変更など、希少植物・植物群落を避ける根本的な対策が必要と考えます。

 

3.5つの管理水準について

 結果として得られた5つの管理水準における整備面を見ますと(案文7〜8頁)、水準A・Uでは「整備に当たっては沿線の自然の改変を避け、人為的工作物や人為的改変の痕跡が無い環境の維持・復元を図る」、他方、水準B・T、水準B・Uおよび水準B・Vでは「整備に当たっては沿線の自然環境の保全に留意し、自然環境及び自然景観への影響を極力抑える」、さらに、水準C・Vでは「現道の管理維持と事故防止・高山植物保護のための整備を行い、自然環境及び自然景観への影響が広がらないよう配慮する」と書かれております。

 登山道への適用(案文9頁)を見ますと、森林限界を超えた高山帯における登山道は、水準A・Uだけではなく、水準B・Tや水準B・Uなどに適用される場合が少なくありません。そのため、高山帯における登山道整備において、「人為的工作物や人為的改変の痕跡が無い環境の維持・復元を図る」場合と、「整備に当たっては沿線の自然環境の保全に留意し、自然環境及び自然景観への影響を極力抑える」ために「人為的工作物や人為的改変の痕跡が残る」場合が生じ、後者は大きな問題と考えます。

 高根ヶ原地域において具体例を述べますと、北海岳〜高根ヶ原分岐〜忠別岳が水準A・Uとされ、高原温泉(沼巡りコース)〜高根ヶ原が水準B・T、銀泉台〜赤岳〜小泉岳〜白雲岳と高原温泉〜緑岳〜小泉岳の2区間は水準B・Uと適用されています(案文9〜11頁)。この結果によりますと、北海岳〜高根ヶ原分岐〜忠別岳の1区間以外では、「人為的工作物や人為的改変の痕跡が残る」場合が生じることになります。

 実際、銀泉台〜赤岳〜小泉岳〜白雲岳と高原温泉〜緑岳〜小泉岳の2区間における登山道侵食は、具体的には前者では高原温泉から緑岳中腹に至る間、後者では銀泉台から赤岳山稜部に至る間の、真の高山植生が成立する風衝地が始まるまでの、森林域に散在する雪田植生において顕著です。これらの2区間において、植生の生態的区分と希少種の分布特性を考え合わせますと、両区間ともに雪田植生に焦点を当てた整備計画が必要であるだけと判断します。逆に、前者の区間における赤岳山頂部〜小泉岳〜白雲岳と、後者の緑岳山頂部〜小泉岳の、いずれの山稜部も自然特性から水準B・Uではなく、水準A・Uとすべきですので、本案の上記2区間に対する適用は大きな誤りと判断します。

 その上で、上記の2区間ともに、多量の登山者訪問によって雪田内の登山道侵食が著しいことは承知しておりますが、これらの地域は大雪山の自然特性を示す中核でありますので、それらの整備は、「ステップ・足場・木道などの設置を行うような対策を優先する」(案文13頁)ことについても、極めて慎重でなければならないと考えます。

 今回の管理水準設定案は、今後の登山道整備に関して根本的な基準を設けることになりますので、ルート・区間ごとに一律とする水準設定は、今後の管理対策に瑕疵を残すことになると、大きな危惧を持ちます。改めて、全ルート・区間の部分部分それぞれにおいて、自然の特性と利用状況、そして登山道の荒廃状況を組み合わせた判断が必要であり、具体的な場所ごとの適用に考え直すべきと判断します。

 

4.ステップ・足場・木道などの設置について

 まず、木道について述べますと、亜高山帯湿原内の木道は踏みつけを回避する点でかなり効果をあげていると判断できます。しかし、高山帯に見られる小規模な湿原は希少種が集中する場合が極めて多いので、そこでの登山道は、湿原内に通過させるべく木道を設置するのではなく、周辺の普通種が多いハイマツ低木林に移動させる根本的な方策が必要と考えます。また、高山雪田内の木道は、雪圧などによって最も破損しやすいので、その設置と維持管理は、亜高山帯湿原の木道とは異なって、より短期間での補修・改修・再設置を余儀なくされると判断しております。したがって、高山雪田の登山道における木道設置については、種々の基礎研究に基づいた極めて慎重な対策が必要と考えます。木道設置によって、踏みつけ回避とともに裸地からの植生復元ができるのか、慎重に検討しなければなりません。高山雪田の登山道では、木道設置以外の方策がないものか、事例研究も必要と考えます。

 近年、極めて長大な木道が、五色岳〜化雲岳〜ヒサゴ沼周辺の登山道において、雪田や湿原だけではなく風衝地にまで設置されております。ここでは、とくに希少種が多い小規模な高山湿原と、顕著な侵食が認められない風衝地では木道が不用であったと判断しております。上記の区間は、本案の水準適用において水準A・Uとされておりますので、人為的工作物などが無い環境に復元することになるのでしょう。

 道内各地の登山道では、木材(丸太2本)を使用して、土砂流出を避け、歩行しやすさを目的としたステップをしばしば見かけます。しかし、これらのステップは、側方からの土砂流出によって、木材だけが残され、逆に歩行の邪魔になる場合が少なくありません。また、姿見の池の周辺地域は、今回、管理水準B・Tに適用されておりますが、現在までの登山道整備はコンクリートのほかに木材と円礫、すなわち、いずれも外部から持ち込まれた材料を使用しております。とくに円礫は、河川の中下流部に認められるもので、高山帯にはまったく馴染まない異質な材料であり、自然教育の観点からも大きな誤りと考えます。

 荒廃が著しい登山道の補修・改修は必要でありながら、その基本は、岩礫など登山道周辺にある材料をうまく使用すること、それによってステップ・足場を設けることが肝心であると考えます。現地の材料を使用したステップ・足場であれば、生態的にも景観的にも納得できますので、場所ごとに材料使用を検討すべきと考えます。

 

5.大雪山国立公園は、我が国最高レベルの保護水準が必要であること

 大雪山国立公園の亜高山ないし高山の植生と植物相は、我が国において最も広大に発達し、山域ごと山岳ごとに、そして植物種の生育地環境ごと植物群落の立地環境ごとに、それぞれの特色を示し、全体として極めて多様な植物的自然を構成しております。この大雪山にみられる全体像は、世界遺産に指定された知床半島や原始性と固有種の豊富さに特色がある日高・夕張山地とは別の、大きな特色となっております。それは、国立公園の特別保護地区や第一種特別地域へ、そして国の特別天然記念物への指定地域の広大さに現れております。したがって、大雪山国立公園は、我が国最高レベルの水準で保護保存される必要があります。

 これに対して、多様な植物などを見るため、多数の登山者が訪問し、その影響が場所によって著しい登山道侵食として現れております。その状況下で、登山道管理水準を設定する際、現状の利用状況とその結果の登山道荒廃状況だけから判断するのではなく、場所ごとの植生や希少種などの自然条件を勘案した保護水準を先に検討しなければ、現状の利用肯定に終始し、保護を忘れてしまうと考えます。

 ちなみに、私たちは、先般の世界遺産指定候補の選定を巡って、北海道から知床だけではなく大雪山や日高山地なども一緒に選定すべきという意見を提出しております。それは、大雪山の自然が他には認められない、世界遺産に匹敵できる素晴らしさを有しているからです。こうした観点から見ると、大雪山の、とくに高山帯では、人為的工作物や人為的な痕跡がほとんど無い姿を維持して、しかし、目立たない形の登山道管理は行って、次の機会の世界遺産指定をねらうべきと考えております。

 本案は、大雪山国立公園の登山道に関して、ルート別・区間別に管理水準を設定するため、かえって、人為的工作物や人為的痕跡を多く設置してしまう危険性が高いと判断します。しかも、その判断基準となるランクづけには、植生の生態的区分や希少種保護の観点が欠如しております。登山道の管理は、荒廃が著しい場所を各ルート・各区間内において個別に選別し、しかし、それは実際には植生の生態的区分に応じると予測しますので、それぞれの場所では、可能な限り人為を加えたように見えない補修・改修策を講じることが肝心と考えます。