長沼町南長沼土地改良区理事長
防衛施設庁
北海道開発局石狩開発建設部
北海道建設部札幌土木現業所
2004年10月25日
(社)北海道自然保護協会 会長  俵 浩三
千歳川頭首工建設に関する意見および要望書
 長沼町南長沼地区の農業用水を千歳川から引いている「南長沼用水路」は、千歳市蘭越地区にその取水口(頭首工)があります。貴職、南長沼土地改良区および標記関係機関では、頭首工が老朽化したため改築を計画しておりますが、それを上流側に移転させ、現在の固定堰から可動堰にする新たな建設計画を持って、現在まで、二回にわたる千歳市住民への説明会ならびに自然の現状調査を続けております。私たちは、農業は食の根本を担うものとして、農業用水はそれを支えるものとしてそれぞれ非常に大切であると考えております。
 しかしながら、この計画は、新たに大規模な頭首工を建設することが、国民・道民の共有財産である貴重な自然を破壊する点から、同時に千歳市民の生活環境を改悪させる点から、極めて大きな問題であると考えます。ここに、その問題点と根拠をまとめ、貴重な自然を破壊しない対策、すなわち可動堰建設の中止と固定堰である現在の頭首工の改修を求める意見・要望書を提出します。
 可動堰予定地と自然破壊の及ぶ範囲
 予定されている可動堰は、千歳市蘭越地区、千歳川の烏柵舞橋から現在の頭首工・固定堰までの範囲において、ほぼ中流部に長さ200mの規模で計画されていた。最近の新聞報道(千歳民報、2004年10月14日)によると、「市民団体の要求に配慮して、現施設から上流40m区間内に移設案を検討している」と報道されている。しかし、その具体的な場所や工法など詳細な計画内容が明らかにされていない。
 いずれにしても、両者を含む範囲は、蛇行した自然河川に沿って自然な河畔林や低層湿原が認められ、極めて良好な自然状態が保たれている地域である。左岸は民有地であるが、とくに右岸と中州には良好な自然植生が残されている。実際の工事は、可動堰対象面積となる自然河川の破壊だけではなく、その建設のために右岸、あるいは左岸に工事用道路が建設され、この範囲に成立する自然林や低層湿原が広面積にわたって破壊されることになり、可動堰予定地とその周辺の自然全体へ大きな影響が生じる。
 右岸に残された森林は、国有林で、かつては保安林であったが、平成14年10月、千歳市は国有林による保安林指定解除に同意している。他方、千歳市は平成15年7月、この森林を同市の「第一種自然環境保全地区」に指定している。私たち二つの自然保護協会は、保安林解除と保護区指定のまったく異なる行為に関して、後者の保護区指定の方が正しいと考えている。それは、以下に述べる現地および文献調査による科学的根拠に基づいている。
 可動堰予定地の自然は、極めて貴重である
(1)極めて良好な自然植生が認められること
 千歳川右岸には、湿潤〜適潤地を好む落葉広葉樹林が極めて良好な状態で残されている。この河畔に成立する森林は、「蘭越」の地名がアイヌ語で「カツラの多い場所」を意味するように、カツラの大径木(胸高直径約65~150cm)が多く、他にハルニレ、ミズナラ、エゾイタヤ、クロビイタヤ、ハリギリなどに胸高直径50cm以上の大径木が多い。とくにクロビイタヤの大径木は他地域には非常に少ない。上記種のほかにオヒョウニレ、サワシバ、アサダ、ケヤマハンノキ、キタコブシ、ホオノキ、ヤマモミジ、アカイタヤ、エゾヤマザクラ、シウリザクラ、アズキナシ、ヤチダモなど多くの落葉広葉樹が認められる。また林床では、ササ類の被覆が少なく、その代わりに多種の草本植物が認められ、とくに春季にはオオバナエンレイソウとシラオイエンレイソウが一面に繁茂している。以上の特色は、この森林が極めて貴重であることを示している。
 ここは、過去に択伐された形跡として古い作業道跡が認められるが、上記の林相によって、この頭首工計画に応じて保安林が解除されるまで、森林施業が少ないままに維持されてきたこと、その結果、自然性豊かで多様な河畔林が、千歳川の悠々と蛇行した流れに接して良好に残されてきたことが明らかである。この河畔林の特色は、国指定天然記念物の藻岩山や円山に見られる大径木からなる落葉広葉樹林を彷彿とさせるものであり、現在の北海道、とくに低標高地では非常に少なくなった良好な自然林と言える。
 他方、河川沿いには氾濫原があり、そこにヨシ、オオカサスゲなどからなる低層湿原が成立している。また、流水に近接する河畔には、ケヤマハンノキとヤチダモが多い河畔林が残され、ヤマモミジ、エゾヤマザクラ、ハリギリなどの高木種が混生している。流水面からの比高が高い部分の林床では、チトセスズ(スズタケ)が密生したところがあり、流水に近接した過湿地ではホザキシモツケ、オオカサスゲ、サドスゲ、ヒラギシスゲ、オオバセンキュウなどの湿生植物が認められる。さらに、自然河川の河床には絶滅危惧種のチトセバイカモを初めとする水生植物バイカモ類が繁茂し、環境省(旧環境庁)によって本州では貴重な地域個体群とされたカワシンジュガイが多量に生息している。
(2)シラオイエンレイソウの一大生育地として極めて貴重であること
 前項で述べた河畔林は、絶滅危惧種シラオイエンレイソウが一面に繁茂する特徴があり、それだけで極めて貴重と言える。シラオイエンレイソウは、オオバナノエンレイソウとミヤマエンレイソウの雑種(3倍体)とその倍数化によって生じた種(6倍体)を含むが、この地域では前者3倍体が認められる。オオバナノエンレイソウは多くが湿り気のある低平地に生育し、ミヤマエンレイソウは比較的乾燥した丘陵地から山奥に生育するので、その雑種または倍数体の種であるシラオイエンレイソウは、低標高地において湿り気のある低平地から比較的乾燥した丘陵地がセットとなって残された場所に認められる。ところが、このようなセットは多くが人間の生産活動によって消滅し、シラオイエンレイソウの生育地自体が非常に少なくなったため、同植物の絶滅が危惧される現状にある。
 蘭越地区は、支笏洞爺国立公園の外周に接した低標高地の国有林に当たり、千歳川に接しているため、上記のセットが非常に良い状態で残されており、低標高地では極めて希な自然状態が残されている。蘭越地区のエンレイソウ属植物について、世界的権威である北海道大学大学院地球環境科学研究科の大原雅教授は、「この地域ではミヤマエンレイソウが広く生育しているが、オオバナノエンレイソウが湿り気の多い低平地となる千歳川やママチ川沿いに限られているため、絶滅危惧種(絶滅危惧TA類)シラオイエンレイソウが生まれる環境が非常に少ない」ことを指摘している。
(3)低標高地にありながら絶滅危惧種が比較的多いこと
 私たちの調査によると、蘭越地区に認められる絶滅危惧植物は、環境庁(2000)のレッドリストによると絶滅危惧TA類(Cr、ごく近い将来に絶滅の危険性が極めて高い種):シラオイエンレイソウ、同TB類(En、近い将来における絶滅の危険性が高い種):チトセバイカモ、クロビイタヤ、ならびに同U類(Vu、絶滅の危険が増大している種):クシロワチガイソウ、フクジュソウ、ヤマシャクヤク、ホザキシモツケの7種を含んでいる。本地域の植物には、北海道(2001)のレッドリストによると絶滅危急種(Vu):クシロワチガイソウ、フクジュソウ、希少種(R):チトセバイカモ、ヤマシャクヤク、ヒダカエンレイソウの5種が含まれている。さらに、カラコギカエデ、ジャコウソウ、アケボノソウの3種は、レッドリストに掲載されていないが、北海道低標高地の植物としてかなり希少である。
 他方、動物についてみると、国指定天然記念物であるクマゲラは、環境庁による危急種(Vu)、北海道による絶滅危急種(Vu)にランクづけられており、とくに営巣に適した大木やアリ類のいる腐朽木などが多い自然林(天然林)に生息すること、それらが生息環境として重要であることが特記されている。また予定地に生息するヤマセミは、北海道による希少種(R)にランクづけられている。さらに、カワシンジュガイは、環境庁のレッドリストによると、氷期遺存種として本州の個体群が希少な地域個体群(Lp)に評価されている。
(4)自然の総合評価
 蛇行し清流に特色づけられる自然河川の千歳川と、それに接した斜面・中州の河畔林や低層湿原などからなる自然は、人里に近い低標高地にありながら自然な自然として残されており、極めて貴重である。ここの森林は、身近にあるが、本州の里山のような人為にかなり影響された二次林とは異なって、まったくの自然林である。しかも、その林床に一面に咲くオオバナノエンレイソウとシラオイエンレイソウは極めて貴重であり、その生育地全体を子孫に残して必見させるに値するものである。さらに、蛇行した中州や河川沿いに見られるホザキシモツケやオオカサスゲなど湿生植物の出現は、流水域に接して止水域の低湿地が成立し、自然河川として多様な環境を備えていること、それが多様な植生だけではなく他種類の水鳥などの生息地としても重要であることを示している。他方、自然河川に生育・生息するバイカモ類とカワシンジュガイは清流を指標する生物であり、このような自然河川とそこの生物が非常に貴重である。こうした河畔の自然植生と自然河川を主体とした自然には、さらに水生昆虫類、魚類、水生植物、土壌微生物など多数の動植物が生育・生息していることが明白であり、この自然全体が非常に貴重であると判断される。
 可動堰建設計画の問題点
(1)本計画は、河川法の主旨に反する
 平成9年に改正された河川法やそれに即した河川砂防技術基準は、自然環境の保全を重視している。ところが、本計画は、河川法に示された法の主旨を適正に守っているのか、はなはだ疑問である。現在の頭首工は小規模な自然の改変にとどまっているのに対して、可動堰建設とその工事に伴う破壊面積は、前項に示した貴重な自然に広範囲に及び、大規模な破壊になると判断される。前述の自然林は、自然環境保全法の下位規則となる千歳市環境条例に基づいているため、河川砂防技術基準に示された「自然環境保全地域の特別地域と類似の地域」となり、「自然環境を保全すべき地域」となる。また、ここは「支笏洞爺国立公園、過去の保護地域である烏柵舞御料林や千歳市青葉公園が隣接地」となるので、同時に河川砂防技術基準に示された「美的景観を保全すべき地域」にも該当する。このように、河川法に基づく本来の河川保全計画に沿った河川工事であるならば、本地域は、十分な自然環境調査を前提にして、計画段階で「改変をしてはならない地域」にされるべきと考える。
 しかし、南長沼土地改良区による千歳市住民への説明会では、「取水を続けながら工事をするためには現在地における固定堰の改修工事は不可能であり、落水後の7ヶ月では工事完了が不可能である」、そのため「新しい堰を設けなければならないが、治水上の観点から、固定堰ではなく可動堰にしなければならない」との説明がなされている。このように主張する論理は、最初から河川保全計画を立てる基本的立場を考えていない点で、本来の河川保全計画から逸脱したもの、改正された河川法の主旨に反するものと考える。従って、可動堰建設計画は、河川法の観点からも、極めて大きな問題となる。
 具体的な自然破壊を予測すると、可動堰建設は、前項で述べた貴重な自然林を大規模に伐採するだけではなく、河川を直線化し、河床を長さ60mにわたってコンクリートで固め、人工的な護岸工事を行い、人工的な河川に変更する点で、貴重な自然河川の破壊としても問題が大きい。また、可動堰の水門を管理するために、流水面上に3ヶ所、両岸に各1ヶ所の管理小屋が建設されることになり、自然景観・美的景観を保全すべき地域に対しても大きな影響を及ぼすことが明らかである。さらに、千歳川は、清流に特色があり、バイカモ類のように清流を指標する植物が繁茂する場所である。この清流は、千歳市を流下しており同市民にとって重要な生活環境を支えている。この点について、南長沼土地改良区は説明会において「可動堰工事が右岸と左岸に区別されるので常に清流が流れる」と説明しているが、河床をコンクリートで固めることが清流を指標する生物の生息に重大な影響が生じること、飲用にも適する水質の変化については回答していない。
(2)「何故、現在ある固定堰の改修が不可能であり、可動堰でなければならないか」、事業者および関係機関は、地元の千歳市民だけではなく、道民・国民に対して重大な説明責任がある
 前項に述べたように、南長沼土地改良区による標記の説明は、まったく納得できないものである。南長沼土地改良区が千歳市民に対して行った説明は、関係機関におかれても、まったく同様に繰り返されるのであろうか、貴職、すべての機関からの説明をここに要望するものである。
 防衛施設庁におかれては、大規模な自然破壊を伴う河川工事に対して100%補助事業を進めているが、何故、進めるのか、十分な説明が必要である。
 北海道開発局石狩開発建設部と北海道建設部札幌土木現業所におかれては、何故、現在ある固定堰の改修ではだめであり、可動堰でなければならないか、河川法の主旨等と照合させながら、国民・道民に対して丁寧に説明する義務がある。千歳の自然保護協会が石狩開発建設部の担当者にたずねたところ、「南長沼土地改良区から申請書を受理していないから、まったく分からない」旨の回答がなされている。しかし、事業計画者である南長沼土地改良区が千歳市住民に二回も説明会を行ってきた工事開始を目前にした段階において、千歳川あるいはそれを含む流域を管理する北海道開発局石狩開発建設部と北海道建設部札幌土木現業所が本計画を知らないという説明は、説得力に乏しく、詳細な説明責任がある。貴職、2関係機関におかれては、既に、法令に基づく義務として、自然に関する十分な調査に基づいた「河川整備方針」、それに沿った「河川整備計画」や「河川保全計画」をそれぞれ定めていることと思われるが、本計画が、千歳川の河川保全計画の中にどのように位置づけられているか、その位置づけがいつ行われたか、説明すべきである。
 また、可動堰にしなければならない根拠として、南長沼土地改良区から治水上の観点が説明されている。しかしながら、千歳川に限ってみると、上流に支笏湖という自然に備えられた巨大な水瓶があり、王子製紙のダムが複数造られており、現実の問題として、通常の河川と同様な洪水が予測されるのか、両機関にはこの点について十分な説明が必要と考える。
 一般常識から考えると、現行の頭首工が改修され、今までと同様の取水が可能であれば、南長沼地区の農業が支えられると考える。私たちは、基本的に、農業の維持は大切であると考えている。しかし、現行固定堰の改修を進めることによって貴重な自然の破壊を避けること、それを何故考えないのか、誠に不思議である。貴職、南長沼土地改良区におかれては、この点について、また3関係機関に求めた説明事項すべてについて、十分な説明を行う責任がある。
 結論
 事業者である南長沼土地改良区および関係機関におかれては、何よりも、地元千歳市民だけでなく、道民・国民に対して十分な説明を行う責任があります。私たちの結論として、本計画については、ここまで述べてきた理由から、貴重な自然を破壊しない対策、すなわち可動堰建設の中止と、現在地にある固定堰の頭首工そのものの改修を強く求める次第です。
 最近、10月14日に新聞報道された移設案について、報道による限り、その詳細な内容は不明のままにあります。また、南長沼土地改良区では、平成16年度に自然環境調査を行っておりますが、その結果が移設案の根拠になったと思われます。従って、貴職、南長沼土地改良区におかれては、何よりもまず、移設案の詳細な内容と上記の調査結果を、ともに全面的に公開されることを強く求めます。
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