2003年4月14日
環境省自然環境局長  様
林野庁長官        様
(社)北海道自然保護協会 会長 俵 浩三
世界自然遺産の候補地選定に際し
北海道の候補予定地の特性に特段の配慮を求める要望書
 このたび環境省と林野庁では、世界自然遺産に推薦する候補地を選ぶ検討会を発足させたことがインターネットで公開され、紙上で報道されております。北海道新聞(2003年3月26日、資料1)によれば、地形・地質の珍しさや動植物の生態などを基準に、全国から17カ所の候補予定地がリストアップされ、そのうち北海道では、@知床、A利尻・礼文・サロベツ、B大雪山系、C阿寒・屈斜路・摩周、D日高山脈の5カ所が入っており、最終的には17カ所のうち数カ所が「暫定リスト」に登載される予定とされております。
 日本における世界自然遺産として、白神山地、屋久島につづく候補地が選定されることは、歓迎すべきことです。この選定において、多角的な視野からの客観的評価が加えられ、数を絞り込むのに困難を伴うと予想されますが、とくに北海道の自然環境は世界遺産にふさわしい候補予定地を数多く抱えていますので(ここでは個々の候補予定地の特性には言及しませんが)、「暫定リスト」登載へ向けての選定に当たっては、下記の2点、

  1 北海道の候補地は大規模なまとまりを考慮して選定すること
  2 北海道からは複数の候補地を選定すること

をご配慮くださるよう、強く要望いたします。
北海道の候補地は大規模なまとまりを考慮して選定すること

北海道における5カ所の候補予定地
@知床、A利尻・礼文・サロベツ、B大雪山系、C阿寒・屈斜路・摩周、D日高山脈はそれぞれ一つの国立公園・国定公園としてのまとまりが想定されたものと思われるが、このうち「B大雪山系とD日高山脈」および「@知床とC阿寒・屈斜路・摩周」は、以下の(1)〜(4)の理由により、世界遺産の候補地としては、より大規模なまとまりを対象とする方が合理的と考えられるので、BとD、そして@とCをそれぞれ一つの大地域にまとめて候補地とすべきである。なお、A利尻・礼文・サロベツは、隣接する関連地域がないので、単独の候補地として想定される。
(1)大雪山系と日高山脈、また知床と阿寒・屈斜路・摩周は、それぞれ地理的距離が近く、自然豊かな山稜で結ばれていること
 大雪山国立公園南端と日高山脈襟裳国定公園北端の間は約40kmで、また知床国立公園西南端(遠音別岳原生自然環境保全地域)と阿寒国立公園東北端の間は約60kmで、近接する。しかも、それぞれの間は山稜で結ばれ、開発の進んだ居住地が介在しない。
(2)大雪山系と日高山脈、また知床と阿寒・屈斜路・摩周をそれぞれ結ぶ国有林には、「緑の回廊」が設定されていること
 北海道森林管理局では、大雪山系の忠別川源流部および日高山脈中央部に森林生態系保護地域を設定し、それらを結ぶ「大雪・日高緑の回廊」(長さ約83km、2万ha)を設定している。
 また、知床半島では、知床森林生態系保護地域が設定され、そこから西南方向の阿寒へ向かって遠音別岳植物群落保護林、海別岳植物群落保護林、斜里岳植物群落保護林を結ぶ「知床半島緑の回廊」(長さ約48km、1万6千ha)が設定されている。したがって「大雪山系と日高山脈」および「知床と阿寒・屈斜路・摩周」は、自然保護の観点から連結した一つのまとまりある地域として把握される。
(3)大雪山系と日高山脈は、我が国最大規模の、そして知床と阿寒・屈斜路・摩周は、我が国屈指の自然保護地域となり得ること
 BとDが、仮に大雪山国立公園と日高山脈襟裳国定公園の全域であるとすれば、総面積が30万haを超え、また、@とCの総面積は、知床と阿寒の国立公園を合わせた全域であるとすれば、約13万haに及ぶ。このうち前者は、日本の土地利用の現状から見て、過去に類例がなく今後も期待できない、我が国最大規模の自然保護地域となり得る。ちなみに、北アメリカやアフリカでは、数十万ha規模の国立公園が世界自然遺産に登録されている。
(4)大雪山系と日高山脈、そして知床と阿寒・屈斜路・摩周は、それぞれ地質的基盤に 共通性があり、それぞれの内部においては表層地質、火山地形、自然景観などに多 様性が認められること
 B大雪山系とD日高山脈は、ともにユーラシアプレートに北アメリカプレートが接近、衝突して形成された特異な造山帯(日高帯、中・古生界)を基盤とし、北海道を南北に縦断する脊梁山脈を形成している。このうち、日高山脈の表層地質は、日高帯がそのまま露出し、急峻な山容と氷蝕地形(カール)に特色がある。他方、その北につづく大雪山系は、日高帯を基盤としながら、その上部に形成された複合火山地域となり、広大で緩やかな
 山容地形を特色とする。すなわち、日高山脈と大雪山系は、地質的基盤に共通性を有し北海道を代表する山岳地域でありながら、それぞれの表層地質と地形が対照的であり、異なる自然景観を有している。
@知床半島とC阿寒・屈斜路・摩周は、ともに千島列島に連なる同一の火山列に位置し、地質的基盤も表層地質も共通している。しかしながら、火山地形と自然景観に関しては、阿寒・屈斜路・摩周はカルデラ地形が骨格を形成する湖沼・山岳景観に特徴があるのに対して、知床半島はカルデラを欠く火山列で、海面に臨む急峻な海蝕崖が形成されており、それぞれ対照的な自然景観が特色となる。
北海道から複数の候補地を選定すること
  北海道の自然環境は、国内で本州・四国・九州と、また世界との比較によって、(1)〜(6)のような自然的、社会的な特異性を有している。とくに@知床、A利尻・礼文・サロベツ、B大雪山系、C阿寒・屈斜路・摩周、D日高山脈の5カ所は、世界自然遺産の登録基準である
 (a)地質・地形的特徴、(b)動植物の生態的特徴、(c)自然美の景観的特徴、(d)学術上、保全上の特徴の、いずれの項目も傑出した条件を満たしている。
 したがって、全国17カ所の候補予定地のうち北海道から5カ所が挙げられたとしても、決して北海道の比重が高いとはいえず、17カ所の候補予定地を数カ所に絞る場合も、北海道からは複数の候補地が選定され暫定リストに登載されるべきである。
(1)北海道は、地質構造的に、北アメリカプレートと関係していること
 ユーラシア大陸の東縁に位置する日本の中で、北海道の地質構造は、本州方面が主として東アジアの東縁部においてユーラシアプレートと太平洋プレートとの関係から形成されたのに対して、中生代後期から第三紀にかけてユーラシアプレートに北アメリカプレートが接近、衝突して一つの島が形成された点で特色がある(資料2参照)。これは、とくに日高山脈の形成と深く関わっており、大雪山系はその基盤(日高帯)の上に形成され、千島列島に連なる知床と阿寒の火山群も、北アメリカプレートと深い関係を有している。
(2)北海道は、気候、植生および生物相から見て、冷温帯と亜寒帯のマクロモザイク的な移行帯として大きな特徴を有すること
 北海道低標高地の気候は、冷温帯に含まれながら亜寒帯への移行帯としての特徴を有しており、特有の植生と生物相に結びついている。道南を除く北海道低地の植生は、冷温帯であるにも関わらずブナ林を欠き、その代わりに、ブナを欠く冷温帯性落葉広葉樹林、トドマツ・エゾマツからなる常緑針葉樹林、そして冷温帯性落葉広葉樹と亜寒帯性常緑針葉樹が混生した北方針広混交林がモザイク的に併存する。同時に、サロベツ原野や釧路湿原などのように低地における高層湿原の成立は、この移行帯から北方にしか認められない特徴である。他方、垂直的な植生配置を見ると、亜高山帯では常緑針葉樹林とダケカンバ林、森林限界を超えた高山帯では各種の高山植物群落が発達している。
 植物相(フロラ)は、温帯性の南方要素が本州方面から、亜寒帯〜寒帯性の北方要素が東方の千島列島あるいは北方のサハリンや大陸からそれぞれ移動してきた結果、それらが錯綜した大きな特徴を持っている。動物相(ファウナ)については、次項に述べるように、移動路となる陸橋と分布障壁となる海峡の地史的な形成に応じて、哺乳類・留鳥類、そして魚類に関しては北方要素が多く、鳥類や爬虫類・両生類については南方との結びつきが強く現れている。北海道の気候、植生および生物相、すなわち生態系は、冷温帯と亜寒帯のマクロモザイク的な移行帯として世界的に見ても大きな特徴を有している。
 このような移行帯は、北半球では北欧南部、モスクワ周辺および北米東部に知られているが、北海道は島であることから、その移行帯の特徴がより顕著に現れている。それは、南方要素と北方要素が錯綜した生物相の中で、北海道が島として隔離された時間や特殊な気候・地質・地形に応じて独自に進化した、固有種(亜種・変種などを含む)に富む特徴に認められる。とくに大雪山系、日高山脈、利尻・礼文では、比較的多数の日本固有植物と多数の隔離分布植物が知られている。
 さらに、知床を含むオホーツク海沿岸において世界最南端の流氷が見られることは、それ自体で大きな特徴となるが、夏季に比較的温暖な低地でも、冬季には気候帯から予想される以上に寒冷で乾燥した気候と、低地での高山植物の出現に結びついている。
(3)北海道の自然環境は、氷期の影響を強く受けていること
 北海道の生物相が南方要素と北方要素が錯綜した特徴を持つことは、第四紀更新世に4回ほど知られる氷期の影響を強く受けているからである。日高山脈の氷河地形(カール)や、日高山脈、大雪山系、知床などに発達する周氷河地形、さらに候補地すべてに多数認められる高山−寒地植物は、その証拠となる。また、氷期の海水面低下に伴う陸橋の形成によって、エゾヒグマ、エゾナキウサギ、キタサンショウウオなど北方系動物が南下し、ブラキストン線(津軽海峡が分布障壁となった哺乳類・留鳥類の分布境界線)によって本州以南とは異なる動物相が形成されている。この特徴は、知床、利尻・礼文・サロベツ、大雪山系、阿寒・屈斜路・摩周、日高山脈のすべてに見られる。
(4)北海道の山岳地帯は、植生自然度が高く、多様な生物多様性を育んでいること
 明治を迎えるまでの北海道は、アイヌが自然と共存する生活をつづけてきたため、原生的自然環境が保持されてきた。そして、明治以降の日本人移住者による開拓は、主に平野部を対象として行われてきたので、山岳地帯は人為的改変を受けることの少ない植生が多く残存している。
 とくに候補に挙げられた知床、利尻・礼文・サロベツ、大雪山系、阿寒・屈斜路・摩周、日高山脈の5カ所は、植生自然度が「9、10」の自然林・自然草原がきわだって多いことが特徴となる(資料3参照)。その自然林・自然草原は、北海道の生物多様性を育むハビタートとして極めて有効に機能している。
 世界中の大型肉食獣は、人間の居住地域に近接した場合、絶滅、あるいは減少の一途をたどっている。アイヌが神としてあがめてきた肉食獣エゾヒグマが、約5百万の人が住む北海道において今なお約2千頭も生存している事実は、世界的に見て奇跡に近いとされている。このようなエゾヒグマは、候補地に挙げられた5カ所のうち、とくに小面積の島である利尻・礼文を除く大半を聖域として生息している。すなわち、大型肉食獣エゾヒグマを食物連鎖の頂点とする自然な生態系が、北海道の山岳地域には十二分に残されているのである。
(5)北海道の山岳地帯は、国有林が多く自然保護に有利な条件を具備していること
 前記(4)に関連し、開拓の対象とならなかった山岳地帯の大部分は、国有林として保有されてきた。したがって、北海道の国立公園は、国有地率が86.6%(6国立公園面積 503,263haに対し国有地が450,696ha)と高く、また日本最大の国定公園、日高山脈の国有地率もほぼ同じで85.8%と高く、いずれも本州、四国、九州の国立公園における国有地率52.5%(21国立公園面積1,553,293haに対し国有地が816,027ha、西表は土地所有区分不明)をはるかにしのいでいる。
 この国有地の大部分は、林野庁所管の国有林が占めるが、近年の国有林経営は木材生産よりも公益的機能を重視する「国民の森林」に改革されている。したがって、とくに北海道の国立公園と日高山脈襟裳国定公園は、自然保護上有利な条件、すなわち環境省と林野庁が協調することにより、地域制でありながら実質的な営造物として機能する条件を備えている(資料4参照)。
(6)北海道の5候補予定地は、いずれも世界自然遺産にふさわしいこと
 以上の諸点を総合すると、@知床、A利尻・礼文・サロベツ、B大雪山系、C阿寒・屈斜路・摩周、D日高山脈は、いずれも本州方面とは異なる学術的、景観的価値を有しており、世界的に見た北海道の自然の特徴を自然のままに残していることから、世界遺産の候補地としてふさわしいものである。このことから、全国17カ所の候補予定地を数カ所に絞る場合でも、北海道から複数カ所が候補地として選定されるべきである。
その他参考事項
(1)北海道自然遺産構想との関係
 北海道では「北海道自然遺産」の構想があり、そのうち@大雪山系、A知床半島、B日高山脈、C道東地域湿地群は、世界遺産も視野に入れた構想となっている(資料5参照)。したがって、地元各地で、これに呼応し、世界遺産の講演会やシンポジウムなどが開催されているところもある。また摩周湖はすでに北海道遺産に位置づけられている。これらが「暫定リスト」に登載されれば、@〜Cに該当しなかった利尻・礼文なども含め、将来の指定、管理に向けた地元の協力体制を得られることが期待できる。
(2)日高横断道路計画との関係
 日高山脈では、日高横断道路(道道静内中札内線)が建設途上であったが、自然保護世論の高まりの中で、北海道の堀達也知事は、本年2月、建設の「凍結」を正式に表明した。日高山脈は、日本最大の「原生流域」であるが(環境白書・平成14年版)、その心臓部を貫通する予定の道路計画が凍結されたことにより、日高山脈の自然をそっくりそのまま保護する気運が高まりつつある。
 世界自然遺産の候補予定地とされたことを機会に、日高山脈の自然環境の総合的調査を実施し、国定公園から国立公園への昇格(大雪山・日高山脈を統合する大国立公園構想を含む)など、自然保護の強化対策が望まれる。とりわけ日高山脈では、その峻険さが植生自然度や原生流域の価値を非常に高く維持してきたが、それが同時に科学的調査の少なさにも関係してきた。そのため、なおさら自然環境の総合調査が必要なのである。
閉じる