自然保護システムは本当に機能しているのか 畠山武道
 最近出版された話題の本、ジャレド・ダイアモンド『文明崩壊』(草思社)は、日本を、資源小国、人口過密、それに江戸時代中葉には破滅的な森林伐採の危機に瀕したにもかかわらず、危機を克服し、社会の崩壊を免れた成功例としてあげている。イースター島、ルワンダ、ハイチ、それに今の中国などのように、自然破壊の強烈なしっぺ返しにあった国に比較すると、日本の自然資源は、良く管理されているといえるのかもしれない。
 同書によると、日本の森林がよく保護されたのは、トップダウン方式の政策が功を奏したからだという。日本人には、トップダウン方式が似合うらしい。なるほど、今も、環境基本法、自然公園法、自然環境保全法、文化財保護法(天然記念物制度)、種の保存法、水産資源保護法、外来生物法、渡り鳥条約、ワシントン条約、ラムサール条約、それに世界遺産条約まで、自然保護のための多数の法律や条約がある。これらの法律は、大きな欠点もなく、優秀な行政マンによって、つつがなく運用されているように見える。しかし、それで自然がうまく保護され、管理されているといえるのか。ここでは、いくつかの問題をあげてみよう。
 第1に、諌早湾干拓、第2東名高速自動車道、圏央道(首都圏中央連絡自動車道)、緑資源幹線林道など、公共土木事業が相変わらず横行している。これらは自然生態系に回復不可能な損害をあたえる。
 第2に、種の多様性の保護にも、見るべき成果はない。環境白書は、毎年、日本に生息する哺乳類、両生類、汽水・淡水魚類、維管束植物の2割強、は虫類の2割弱、鳥類の1割強に当たる2663種が絶滅するおそれがあると記載しているが、種の保存法による保護は進まない(国内希少野生生物種の指定は現在で73種)。コウノトリの野生復帰が、わずかに明るい話題というのは、いかにも寂しい。
 第3に、ツキノワグマの里山への頻繁な出没、シカの増加による農林業・生態系への被害の増大など、人間と自然・野生生物との関係の中で、動物界に異変が見られる。外来種の無節操な輸入や国内移動による生態系の破壊などは、人間の方が、野生動物との関係の取り方を忘れた具体例である。
 第4に、国立・国定公園、原生自然環境保全地域・自然環境保全地域、森林生態系保護地域など、自然保護区の管理には、目立った進歩も後退も見られない。しかし、都市近郊や里地里山では、対策が講じられないままに、多様な生態系の消失が急速に進んでいる。私有地における生態系保護は、手つかずである。
 第5に、農林水産業における生物多様性保全に、大きな変化が見られないことである。日本にはEUのNATURA2000のような基本戦略がなく、自然景域や生物多様性に配慮した農林業を具体的に実施するためのマニュアル、啓発指導体制、助成措置などもない。北欧諸国等で組織的になされている森林認証取得への取組みも、もっぱら個別企業の努力に依存するだけで、国や自治体は何もしようとしない。
 こう考えると、法律は表面的には機能していても(あるいは機能した結果)、日本全国の自然は、コンビニのように画一化、規格化され、貧弱で、薄っぺらで、つまらない自然に変わりつつあるのではないか。「日本の国土森林率は67%で、世界有数です」などという説明にまどわされず、保護されている自然景観や自然生態系の中身にまで立ち入って、法システムが本当にうまく機能しているかどうかを、問うべき時期が来ていると思う。
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